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労働基準法「労働条件の原則」について

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労働基準法労基法

その名のとおり、働く上での基本中の基本を定めた法律です。

労働基準法は、大企業・中小企業・ベンチャー企業など規模や、正社員・パート・アルバイト・契約社員派遣社員など、雇用の形態を問わず、日本国内のすべての労働者に原則適用されます。

もちろん学生アルバイトであっても同じです。

ただし、国家公務員等の一部については除外されています。

日々働く人にとって、職業生活に直結するとても身近な法律のはずですが、意外とその内容について知られていないのが現実です。

また、雇う側にも十分な知識がなく、なんとなく分かったつもりで、長い間、おかしな労務管理を行ったまま、というところも少なくありません。

また、近ごろは、起業の際に労務管理の基本をレクチャーする支援を国(厚生労働省)も行ってはいますが、起業家からすると、経営の中でのそれは優先順位が低いようで、スタートアップの際には雇用管理体制が不十分な状態のままというのが実態です。

無知によるブラック企業化です。

でも、知らなかったでは済まされません。

労働基準法には、働く人(労働者)・雇う人(使用者)双方にとっての権利と義務が規定されています。

お互いが、この基本をしっかりと理解しておくことで、近ごろよく目にする労務上での無用なトラブルを未然に防止することができるはずです。

対立のための知識武装ではなく、“信頼関係” のある、“働きがい” のある職場づくりを目指した、労使協調のための知識向上を期待しています。

労働条件の原則とは?

労働基準法の第1条では「労働条件の原則」について以下の通り定めています。

第1条(労働条件の原則)

1 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。

2 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

第1項には「人たるに値する生活を…」とありますが、これは日本国憲法の第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」が基本にあります。

また通達という補足において「労働者に人格として価値ある生活を営む必要を充すべき労働条件を保障しないとダメですよ!」とし、さらに「これは労働基準法の各条文の基本観念ですよ!」と憲法との関係を明確にしています。

要は、立場的に優位な使用者は、「労働条件を決める際に酷い条件を強いてはいけない!」とし、「労働者が人として生活できるような労働条件にしなさい!」ということです。

この理念に従えば、本来、ブラック企業なんてものは存在があり得ないはずです。

ブラック企業に違法性があるのは明確です。

さらに通達では、「労働者が人たるに値する生活を営むためにはその標準家族の生活をも含めて考えること」としています。

第2項では、労働基準法が定めている内容は最低のものなので、この基準を上回る条件を決めている会社が「労働基準法の通りに条件を下げて変更するけど文句ないよね?」というのはルール違反!としています。

例えば、今までは1日の労働時間が7時間を超えたら残業代を払っていたけれども、法律では8時間(法定労働時間といいます)を超えたら払えばいいので、労働基準法の規定に合わせましょう、と条件を下げることなど。

この規定を知らない経営者や人事担当者がたまにいます。

不利益変更?

労働条件を下げること(「不利益変更」といいます)は、できないわけではありませんが、合理的、客観的に確かに必要だという理由と手続きが必要です。

法律を武器に労働条件を今よりも低下させることは簡単にはできない、ということをきちんと規定しています。

例えば、経済諸条件の変動に伴い労働条件を低下させることは可能であるとしています。

また、条文の最後に「その向上を図るように努めなければならない。」とありますように、“向上させなさい” という義務ではなく、働きやすいルールの向上に努めましょう(努力義務といいます)となっています。

このあたりが、働きがい、働きやすい職場環境の構築に寄与するところですね。

労基法は最低限のルール

以上のことからお分かりのように「当社の勤務条件は労働基準法の通りなので安心ですよ」というのは、実は、当社の労働条件は最低限の条件ですよ、ということでもあるわけです。

労働基準法の基本を知った上で、それぞれの企業の勤務条件を比較検討すると、ここはかなり法律を上回っている(働きやすい環境を整えている)という判断ができるようにもなります。

これもひとつの生きるためのリベラルアーツ(教養)」です。

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